2015年7月12日日曜日

霧ヶ峰ロゲイニング2015

出場してきました。振り返ってみたいと思います。

前日は講習会の講師。TEAM阿闍梨の中で、お鉢が回ってきました。
TEAM阿闍梨の中では日本代表などの経歴がない自分ですが、例年通り?9名の受講者が集まってくれて少し安心。当日も滞り無く終了。ひとつ経験を積みました。

さて本戦。
相方は前週ウルトラマラソンを9時間半くらいで走るランナー。対して自分は6月は数十キロしか走らず。地力は自分のほうが上だったものの、なまりきった自分の脚に不安はあった。

地図が配られてまず見た時にエリアを確認。今年は白樺湖の南側にポイントがなかった。これは走力的負担が少ないことを意味する。また、車山のリフト乗り場へアプローチするルートを考えるとき、尾根ルートは46点という低めの点数しかなかった。そのため、リフトへのアプローチには殿城山ルートを利用せざるを得ず、時間的にもこれは必須ルートとなった(ここに行かないと時間が確実に余る)。
会場は地図の中ではかなり西側にあるため、殿城山まで行くルートを考える。車山山頂付近の103点は絶対に帰り(戻り)の際に取る。残り2ルートのうち、151点を持つ北の耳を重視し、大回りルートに決まった。(むしろ、物見岩の104点はなぜか目に入ってなかった。)

スタート後、自分の心肺が衰え、また標高も高いことからすぐに心拍が上昇。相方は余裕そうに飛ばすが、自分の心拍が180に達していたのでそれに合わせてもらった。大して速くない。


ここからは、他チームの結果と比較して見ていくことにする。
序盤は多くのチームが選択した31-83-41-62の流れ。距離あたりの点数が高く、絶対に外せないので当然。ここまでの約2キロで15分12秒(Lap Centerによる)。すぐ前には(おそらく)学生チーム、すぐ後ろには村越さんと上松さんのTEAM出世城。

そこから多くの上位(2100点以上)チームとは別の道を進んだ我がチーム。82が思ったより低い位置にあった。よく見てなかった。その後32-151-63-100でスタートから1時間18分21秒。TEAM出世城は62の後45-104-34-77-63-151-100とピストン多数で進行し、スタートから1時間38分18秒。自分たちが428点を63分で取ったのに対し、出世城は574点を83分で取ったことになる。得点効率は6.79点/分に対し6.92点/分。出世城の中ルートのほうが効率的だったらしい。なお、チーム遠足は出世城ルートに36を追加し151ピストンをパスして同区間459点/66分=6.95。優勝したK2は36にも152にも行かず423点/54分=7.83。走力差がある感。なお、男子4位のときわ走林会Aは我がチームと同ルートを約3分速くカバーしている。

そこからの東側区間、我がチームは登りと点数の比を嫌って38をパス。84-177-47-88-39-61-81-152-65-85-37で916点を93分30秒。効率は9.80。やはり必須区間であることが分かる。対する出世城は38も取って954点を107分30秒。この区間では多少のアドバンテージを得たように見える。なお遠足は出世城と同じCPを取るのに105分かかっている(効率8.72)。


東側に展開する際に絶対に通る62以降車山山頂103までの間で各上位チームの獲得点数と所要時間、効率は以下の通り。


区間得点区間所要時間区間効率累積得点累積所要時間累積効率
K21301点2時間41分(8.08)2139点4時間14分(8.42)
遠足1516点3時間12分(7.90)1733点3時間28分(8.33)
出世城1631点3時間31分(7.73)1848点3時間46分(8.18)
阿闍梨1447点2時間59分(8.08)1664点3時間14分(8.58)
副会長1552点3時間23分(7.64)1769点3時間39分(8.08)
ウィンドラン1477点3時間21分(7.35)1694点3時間38分(7.77)
ときわ走林会1363点3時間02分(7.49)1904点4時間10分(7.62)

7チームもあって全部ルートが異なるというのも興味深い。走力が高ければ効率も高くなるようになっているが、阿闍梨チームはこの区間K2と同等の効率を出していたらしい。
累積では阿闍梨チームは遠足、出世城に対しそれぞれ69点、184点のビハインドを背負っているものの14分、32分先行しており、累積の効率は最も高い。ただし、残りの南西エリアおよび会場付近でこれを覆せる配点があったのかどうかが焦点である。

当日の自チームの考えとしては、車山からビジターセンターまでの間での効率でみて64を通る直行ルートが最善と判断しひたすら駆け下る。南西エリアに時間を残す作戦だったが、それらを全部取るためにかかる時間までは考えていなかった。脚の疲労具合では誤差が大きくなると考えたことも要因。
結局途中片足ずつ攣って少々歩いたりもしたが、44以外すべて取る時間は十分あり、時間が余り気味で会場付近へ至ることになった。75を取った時点で残り37分、移動できる距離としては5キロ程度。ただ、この時点で自分の脚はかなり限界に来ており、相方に着いて行くことで精一杯で冷静な判断ができていなかった。33を取る時間があることまでは分かっていたが、その先の42を取れる可能性にまで考えが回っていなかったことが、後の後悔を生むことになった。
結果、33を取った時にようやく42を取れるかも、という可能性に気づいたが、早く会場に戻りたいという一心でここまで走ってきた自分は判断を数秒では下せず、判断が遅かったとして会場に戻ることにした。その結果として制限時間を7分余らせてフィニッシュすることになり、遠足との
36点差、出世城との31点差を覆せなかった。後で考えれば、42まで行く時間は十分あったと考えられる。最後までルート修正の可能性を探り続けることができなかったことが、1つの反省点。

もう1つの反省点としては、先にも書いたが、前半のルートチョイスの挙げられる。阿闍梨、遠足、出世城、副会長の4チームが全て等しく辿った47~85の区間において、他の3チームは65分前後かかっているのに対し阿闍梨は59分でカバーしていることから、走力で他チームを上回っていたのは確かであるが結果的に点数で負けていることから、やはり蝶々深山を避けたのは明らかにミスルートである。時間的な問題はなかったにも関わらず全てのルートの可能性を検討しきれていなかったことも、今後の課題である。

2015年5月16日土曜日

野辺山ウルトラ・前日

3年連続3回目出場の野辺山ウルトラマラソン前日。
これまでリタイア1回、リベンジ完走1回(10時間20分台)。
記録更新を目指すぞ!と言いたいところだが、天気が暑そうだし、先週にウルトラオリエンテーリングで60キロ走ってるし、何よりこれから前日受付ではなく講習スタッフに向かっているので、無理はしない。7月と8月のレースの方が大事。明日はトレーニングの位置付けで。

何より、前泊方法が2年前はサービスエリアでの初車中泊、去年はホテル泊と来て、今回は公園で初の1人テント泊(周りにテントはたくさんあるけど)。それについてもちょっとワクワクしている。いずれにせよ絶対にタイムを出したいレースではない。

話変わり、
昨日、彼女候補だった人に自分の中で決別のメッセージを送ってきた(既読が付かないかも)。昨夜、欲求不満であることがありありと判る夢を見て、現実にも影響した。
ちょっと、今後の方向性は考えなければならない。彼女が欲しいとは思っているけれど、今いまは上手く付き合うことができる気性になっていない感じ。本当に自分のファンなどいるのだろうか。いて欲しいなぁ。彼女募集中です。

仕事、忙しい。毎月SLA報告書をお客さんに出すような仕事をしているのだけれど、新年度、新組織になって勝手が分からないことは精神的負担が大きい。難易度としては高く無いことはわかっているのでやればいいだけなのだけれど、昨年度に比べて1人あたりの仕事量が倍増くらいしていて、体力的バッファで賄ってきた部分もそろそろ底が見えている。もうすぐ綻びが顕在化してくるだろう。自分だけじゃなく、組織的に。人員補充が決まっているのはまだ救いようがある。これからリカバリーして上手く回っていくかどうかを試す、試される期間。
僕は自分の限界を超えて壊れるのではなく、限界に達する直前で逃げ出すタイプ(だと思っている)なので壊れたり病んだりはしません。そこは大丈夫。会社組織自体も、法令遵守はちゃんとしてるし。

2015年5月10日日曜日

ウルトラオリエンテーリング・松本城-善光寺

正式な大会名にはタイトルに【善光寺御開帳記念】が付きます。
(きっと主催者によりブログが発見されることでしょう。)
5月9日(土)、参加してきました。今後5年は開催されないイベントの記録。

金曜日、仕事を溜めながらも終電あずさに乗って松本へ。遅延していたおかげで、八王子駅で夕食エネルギー補給できた。結果オーライ。松本駅到着は24時15分くらい。ホテル泊。あまり寝られず、睡眠2時間。
4時から受付。知っている顔がちらほら。そういう層で100人のエントリー枠が1週間で埋まってしまったようです。天気は曇り、それほど寒くはなく、普通のトレランの格好・装備でスタート。

コースは松本城スタート、善光寺フィニッシュ、道中は善光寺街道をトレースする、距離60km少々。途中CPが40箇所ある。通過証明は写真撮影方式。地図は25000分の1でA4サイズ9枚。地図範囲が次に移る境界のCPあたりは、両方の地図で数キロにわたってオーバーラップしていました。
細かいところでは、シーリングのやり方が初めて見る感じ。ポリ袋の素材はいつものオリエンテーリングのものだけれど、地図左右長辺が熱圧着されていて、その外側を裁断した感じ。どうやったんだろうか。


レース展開を記載しておく。
1 スタート直後から信号待ちが数回あり、人が多い中を抜け出していく。
2 早くも先頭に立つ。もちろんすぐ後ろには人がたくさん。
3 男子ソロ3人(自分、鈴木さん、トレイルランナー)で先頭を引っ張る。
4 走力に勝るトレイルランナーが遅いペースに耐えられず抜け出す。鈴木さんは僕より後方へ。
5 4からの脱出で、撮影班に「先頭の人はあっちの道に行ったよ。」と教えられる。自分はそのまま東の間違った道に進もうとしており、危なかった。途中から先頭は見えなくなった。
6 地図2枚目へ。原峠への登り。後ろから元気に走ってきた中野さんに抜かれる。以後、中野さんとデッドヒートすることになる。
7 峠を過ぎて下り。下りは中野さんより僕のほうが速く、抜き返す。CP回りがトリッキー、というかCPを示す○が道路に重なっていてわかりにくく、少々ロスト。僕のロスは1分半くらいで済んだが、中野さんはその後も探していたようで、離れた。
8 1人でただ走る。
9 前のCPでミスったのか、先頭の姿が150mほど先に見えた。
 第1エイド、Simple Hydrationをザックの腰ベルトに着けていたら腹の調子が悪くなったのでトイレへ。供されていた五平餅まるまる1つをいただく。美味しかった。作った方もそばに居て、喜んでいたような。早朝にありがとうございます。先頭のトレイルランナーはさっさと出て行ったようだ。
10 地図3枚目へ。五平餅を食べている間に鈴木さんと中野さんに追いつかれ、一緒にエイドを出る。脱出直後の宿場町?も風情があっていい感じ。そこから登りで、鈴木さんは再び後方へ、中野さんと自分は競る感じ。自分が先行。
11 立峠への登り。中野さんにほぼ追いつかれるも抜かれず。
12 下りで飛ばし、中野さんに差を付ける。CP12で、私設?エイドがあった。バナナがあったが五平餅の後では重く、オレンジだけ頂いた。
13 このショートレッグで鈴木さんは車道を行かずショートカットしたらしい。
14 自分は問題なかったが、姿が見えないまま先頭を走っていたトレイルランナーは道の脇のCPを見逃して200m以上オーバーランしたようで、彼が探しているところをすれ違った。先頭に立つ。
15 地図4枚目へ。差をつけていた中野さんの姿が後方に見える。ロードの走力では自分が劣る。
16 中野さんに追いつかれる。
17 中野さんと並走。また私設?エイドがあった。しそジュース美味し。木製の善光寺街道青柳宿バッジ?をもらった。
18 住民に応援され、アメを貰った。ホスピタリティ溢れる。途中の大切通しで写真を撮ったら中野さんは惑わされ止まり、差がついた。この辺はロゲ慣れの差が出たか。
19 道の分岐で少々手間取っていたら、中野さんに追いつかれた。並走。
20 並走続く。ここでは自分のほうがCPをやや通り過ぎそうになったが中野さんがカメラを取り出したところで気付き、結果的に問題なし。
21 ロードが続いたため、中野さんが前に出る。
22 地図5枚目へ。中野さんが地図にない道に迷い込み、その間に正しい道を行った自分が先頭へ。
23 最後の峠への登り。頑張る。
24 第2エイドへ先頭で到着。水分補給し、柏餅をいただく。信濃毎日新聞のインタビューを受ける(2分くらい)。中野さんに追いつかれたが、出発は待っていてくれたような…?同時にエイドを出発。
25 道の分岐を間違えて山道に入れず車道へ。少し行ったところで気づいたが、そのまま車道から下って登り返した方が得策と判断。一緒に間違えた中野さんは道の分岐まで戻ることを選択。自分のほうがだいぶ早かった。
26 石畳の下り、脚には結構辛い。
27 姿が見えないまま後方を走っていた中野さんは途中の分岐を見逃し、自分との差が開いたらしい。自分は知るよしもなし。
28 地図6枚目へ。ここからひたすらロードが続くことになる。ロングレッグだがひたすら道なり。独走。
29 独走続く。自分のできる範囲で頑張って走っていた。
3031 地図7枚目へ。ロード独走。
32 31の脱出で後ろを振り返ると元気なランナーの姿が、スタート後これまで1度も姿を見ていなかった、TJAR完走経験者ペアだった。あっという間に抜かれ、そして見えなくなった。
33 赤ルートを辿らなかったほうが早かった。公式第3エイド。しそジュースや漬物や、飯に梅が入っていてそれを揚げたもの?の郷土料理を食す。他にも干しあんずとかもあった。エイド脱出で中野さんと入れ違い。
34 地図8枚目へ。後ろを気にしつつ走る。
35 ついに中野さんに抜かれる。ついていく脚は残念ながら残っておらず。それだけの走力差があったということ。自分のトレーニング不足。早めにフィニッシュが載っている、地図9枚目へ。
36 トップが逃げていった以後、さらに順位が下がらないことを気にしつつ走る。
37 車道の反対側だということは知りつつも横断歩道の存在に期待し、裏切られたので橋の下をくぐる。
38 赤線は善光寺街道なのだろうが、線上に横断歩道がないのはなんだかなぁ。
39 長野駅を過ぎ、歩道に人が多いのでそれを避けつつ。
40 フィニッシュ!上松のりこさんが待っていてくれて、嬉しかったです!

優勝は手にできなかったけれど、楽しいイベントでした。

その後訪れた善光寺には、人があふれていました。

2015年4月19日日曜日

プロジェクトマネージャ試験(4)当日

ついに当日を迎えました。そして終了しました。
手応えですか…?致命的なミスはしていませんが、論文がどう評価されるか次第ですねぇ。


昨日は飯能・日高周辺でオリエンテーリングイベントスタッフ。晴れてとても気持ちよかったですが、長時間屋外にいるとさすがに少々疲れて、夜は勉強せずさっさと寝ました(21時頃w)。やる気が出ないことによる現実逃避ともいう。
そして4時頃起き、直前勉強開始。最もハードルが高い午後2対策から。

結局午後2(論文)試験を自力で2時間演習で書き上げたのは1回のみ。あとは参考書の回答を写したりとかしたくらいでした。午後2試験はやろうとするとどうしても筆が進まなかったもので…。ぶっつけに近い形。
ただ、自分の経験や見聞きしたことをベースに、このテーマの問題だったらこういう風に書こう、という想定を過去問を元に考えてはいました。考えるだけ。

そして自宅で勉強していてもすぐに集中力が途切れてスマホ等を触ってしまうので、早めに家を出発。試験会場は明大前駅近くの明治大学に割り当てられたのだが、その駅前のスターバックスの開店時間(7時半)めがけて行くことに。実際、8時前には着席し、どんどん情報処理技術者試験の受験者が店内に集まり、各々参考書を広げるようになっていきました。

自分は午前1試験は免除なので始めの午前2試験は10時半ごろ行けばよい。昼食後睡魔に襲われることを警戒し、昼食は先に済ませておくことにした。腹に物を入れた後、試験会場へ。明大海上では、プロマネ試験受験者は900名弱いるようでした。

午前2は滞り無く終了。過去問演習はしたものの6年分だけで、初見の問題も半分ほどあり、いくつか間違ってはいるだろうけど、合格点(6割)は問題ない感触。

午後1、昨年から3問中2問選択(それ以前は4問から2問選択)になっています。選択の幅が狭くなって問題選択に迷いにくくなり、自分としては解きやすくなったと思っています。全問きちんと埋められたので、合格点は取れているんじゃないかと思っています。

そして運命の午後2。問題冊子が配られたら、裏ワザですが、問題冊子の紙は特段厚くはないので、問1は冊子を開かなくても頑張れば読めます(注意事項が重なっている部分は読めない)。あんまり注視していると試験監督員に注意されるでしょうけど、僕は問題冊子を覗きこんで問1を頑張って読んでました。
その問1は請負契約をしたサプライヤの管理についての問題。演習してきた過去問と比べると、プロジェクトマネージャのあるべき姿(行動)に関する規範はあるものの例示がほとんどない。ノーヒント。
もう1つの問2は、評価指標を用いたプロジェクト品質管理についての問題。そんな定量的評価値についての準備は全くしてきていなかったし、とっさに思いつきで創作できる気もしなかったので、問1を選択することにしました。
試験時間120分のうち、始めの15分を解答の構成構想に割き、それから書き始めました。解答用紙の論文記述欄より先にある、プロジェクトの概要を選択する部分(10問くらいある)は準備していなかったので意外と時間がかかりました。今後同様の試験を受験する際は、これを記述する時間も考えておいたほうがいいと思いました。論文本文はそれほど大きく詰まることなく書き進めましたが、時間にあまり余裕はない状況で進行。規定字数は満足する程度に書ききりましたが、それでも5分位しか時間は余らず。あまり急いで書いてもいなかったですが、規定字数の上限まで書こうとすると時間をフルに使うか、書くスピードが速くないと無理だと感じました。あと、シャーペンと紙の相性が悪いのか芯が硬いのか、滑りが悪かったのもあります。書きやすい筆記具を持っていくのも1つの手でしょう。


終わったら、解放感たっぷり。約2か月の、試験勉強しなきゃ、という強迫観念に駆られる日々が終了。心の重石が外れた感覚がしています。
合格発表は2か月後。吉報を待ちたいと思います。
半年後の試験は、システムアーキテクトか、サービスマネージャーか、考え中。